注・出典・引用

<注>
注は脚注でフォントサイズは10ポイントに落とす
注番号は必要語句のすぐ後ろ、もしくは文末の場合「。」の外にふる
Word では、脚注は下記の操作で自動的に挿入できる
脚注番号を打ちたい箇所にカーソルを持っていき、
リボンの「参考資料」タブから「脚注の挿入」を選ぶ
脚注詳細は「脚注」をクリックしてダイアログボックスを開ける
「場所」は「脚注」 ページの最後
「書式」は書式番号でアラビア数字
「開始番号」は「1」
「番号の付け方」は「連続」を選ぶ
欄外の注本文は注番号のあと全角1スペース空けて始める
注本文は左端を揃える

脚注内のブロック引用は本文内と同じ手続きをとり、行頭を2文字分落とす

<出典として原書、翻訳書、両者を併用する場合の例>
注:
原書 Toni Morrison. Sula. 1972; New York: Signet, 1993, x.
原書と翻訳書 Toni Morrison. Sula. 1972; New York: Signet, 1993, x.  トニ・モリソン『スーラ』大社淑子訳、早川書房、1995年、Y頁。
訳出にあたっては同書を参考とした/同書に拠った。以降同書の頁数は( )に示す。
翻訳書のみ挙げる場合 トニ・モリソン『スーラ』大社淑子訳、早川書房、1995年、Y頁。

末尾の資料文献リスト:(洋名の表記に注意のこと)
原書 Morrison, Toni. Sula. 1972; New York: Signet, 1993.
原書と翻訳書 Morrison, Toni. Sula. 1972; New York: Signet, 1993. トニ・モリソン 『スーラ』大社淑子訳、早川書房、1995年。
翻訳書のみ挙げる場合 モリソン, トニ 『スーラ』大社淑子訳、早川書房、1995年。

<引用>
引用箇所は「」でくくり、( )で出典ページを記すか注をつける。
「」の中の「」は「」で可。『』とする向きもあるがいずれの場合も必ず論文内で統一する。

引用が4行以上にわたる場合、ブロック引用の様式をとる。
ブロック引用の場合、フォントはそのままで、左のマージンを全角2字分下げる。
ブロック引用では、レイアウトで引用であることを明示するため、「」は不要。
地の文との間に空行は不要。
出典ページは文の末尾に( )で示す。
1次文献の場合は数字のみで良い。
2次文献の場合は論文末尾の参考資料文献リストと照合できるようにリストにエントリーされている著者名を入れて出典ページ数を示す→(井上 24)など。

文が「。」で終わっている場合は(  )はその外に出す。

引用箇所を途中で一部省略する場合は(中略)と記す。ただし、文法構造が壊れないよう留意する。

引用箇所だけでは意味がとおらない場合、文脈がわかりづらい場合などは、四角カッコ[  ] を用いて自分の言葉で補足する。このとき(   )は用いない。
例 「「彼女 [ デイジー]の声には何か無分別なものがあるね」と僕は指摘した。」

下記は通常引用とブロック引用の「」の使い方、出典の記し方の違いを示している。
左の余白についてはweb上ではcontrolできていないので上記詳細に従うこと。
Word文書では、「文書レイアウト」の「段落」―「インデント」―「左のインデント幅」で固定できる。

通常の引用:
篠田一士はアメリカ文学の新旧について、「その新しさが古さである、いや古さが、たえず新しさヘの転機の契機をつかみとり、恥も外聞もなく、堂々と独自の文学世界」を作り上げると述べている(316)。

ブロック引用:
篠田一士はアメリカ文学の新しさと古さをめぐる考察の契機を次のように説明している。
□□アメリカ文学、正確には北米合衆国の文学と言い直す部きだろうが、その新し     □□さが古さである、いや古さが、たえず新しさヘの転機の契機をつかみとり、恥   □□も外聞もなく、堂々と独自の文学世界、そしていまや伝統ともいうべきものを   □□形作っているのではないかと、思い知るようになったのは、メルヴィルとフォ  □□ークナーの小説を読みだし、おぼつかない手探りながらも、この両者を一線に   □□結んでみたらと考えはじめた頃だった。(316)
篠田に拠れば、アメリカ文学においては半世紀以上を隔てたメルヴィルとフォークナーの間に「新しさ」を追い求めるという共通の傾向がみられるのである。それは・・・

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